アドベンチャーランド マインランド 鉱山 廃鉱 坑道 地下 地下鉄

むかし と いま  

【週末探険隊合同探索】 過去と現在

撮影日 2008年3月

 

過去にマインランドがあった場所。
閉鎖された現在、その姿はどうなっているのか?
思い出の地として心に残っている方も多くいるとの事。
昔の写真と合わせ探険してみた。

現在は閉館2006年11月を最後に。。。

参考ページ:http://hasiru.net/~maekawa/mine/nakatatu/nakatatu1.html

この鉱山の歴史
昭和9年  ○○亜鉛鉱業株式会社を設立 亜鉛 鉛鉱の開発を行う。
昭和26年 本格的な 採掘 社員600人 1年間に 亜鉛鉱石を 約50万t採掘していた。
昭和62年 1987年の円高による、金属価格の暴落により
10年分以上の鉱石を残し採掘を中止した。
鉱山を開山し採掘した鉱石の量は1200万tにもなった。
平成元年の1989年、鉱山の中を観光坑道アドベンチャーランドとして事業を行う。
今まで開発した坑道の総延長は、「400km」車両が走行できる坑道の距離は60kmにもなる。
坑口から観光坑道までの距離は約2000m、
斜坑から水平坑道へ移る際に分かれるY字帯を、左の主坑道を進むこと6000m、

とある上流の鉱床のある場所、別の坑口もあるが、
当時見学はできない立入禁止の場所であった。

人口は、昭和40年の1147世帯5723人をピークに、昭和42年にとあるダム完成に伴う
17集落約530世帯2000人が水没のため移住し、2453人と約半減した。さらに昭和62年、
円高による金属価格の暴落のため、年間約45万トンを有する日本有数の鉱山に
成長していた○○鉱山も閉山。人口は1052人になった。そしてその後は緩やかに
過疎化が進み、人口は752人となっている。  
今から約750年前の寛元年間に発見されたとされ、主に銀・鉛の採掘を行ってきた
この鉱山跡もここに在った鉱山労働者とその家族の生活史も
忘れられて行くのであろうか。少しでも坑内の記録ができればと思い探検を行った。



右写真は営業時のもの

左手は現在の大斜坑跡、アドベンチャーランドとして
運営していた時はこの場所からマイクロバスにて
地底−120mまで降りる、当時はバスにて
10分少々で到着すると言うが、徒歩での私達は
40分ほどかかるだろう。

 

坑口の左手には、もう一つ坑道の様な物が。
少し覗いてみよう。

 


撮影:週末探険隊Baro

映画に出てくる装甲車の様な姿のホイルローダ
こちらは車両後部の写真。

すぐ左手にはトロッコが鎮座していた。

この倉庫は車両のメンテナンスをする為の
整備場の様だった。

 

撮影:週末探険隊Baro

操縦席

 

それでは、状況開始。
入坑しよう。

坑口から、進むこと7mで斜坑になる。幅は5m程、高さは4m程の
トラックレス斜坑になっている。この場所が0mとすると、
下へは6レベルの水平坑道があり、最下層は-360mあり、
上には8レベルの水平坑道があり、最上層は270mある。

現在降りているこの斜坑は
おおよそ-120mまで下っていく。

20分ほどかかり-120mのレベルに辿りつき斜坑は終わる。
現在の場所からY字二手に分かれ、一つは観光坑道ではなく、3000m進むと
別の鉱床へ伸びる主坑道であり、坑口もあるという。
もう一つは、現在地より一番近い鉱床があった場所、観光坑道のあった
場所へ伸びる主坑道がある。
今回は時間の関係上、観光行動を目指すことになった。


 

斜坑が終わる場所にホイルローダが置いてあった。
これが観光目的で置いてあるのか、
それとも案内板が無いので
採掘中止でそのまま置いてあるのかは
分からない。
マイクロバスで進む際にバス内で音声による
紹介でもしていただろう。

 

観光坑道として運営されていたときには
閉まっていたと思われる、
別鉱床への主坑道。

私たちは3kmといわれるこの先を諦め
もう一つの坑道を目指す。

 

同じ岩壁の風景を進む際に現れた
上からの立坑跡。
昔はホッパーが設置してあったのだろうか?

今でも金属を含む有用鉱石が溜まっているのか?
それとも鉱床から地下水とともに染み出しているのか。
赤茶けた鉄分を含む地下水が流れている。

 

 

 

そして歩くこと合計2km
沈黙のアドベンチャーランドへ
辿りついた。

ここにはバス停があったようだ。

入口と書いてある看板、
そして
「坑口から2000M
地底500Mの世界(18℃)」
と書いてある看板が目に付いた。

 

 

 

まずは左に足を進めてみよう。何か暗い窪みが見えるが、なんだろうか?


何か露天風呂の様なものがある。
しかし、黄色い看板を見てみると
「坑内池 このさかなはイワナです」
と表記されている。
こんな所にイワナが放流されていたのか。
イワナにしてみれば良い迷惑だw

イワナが住めるほど坑内の水は無毒です、
とのアピールを含めた設置物だったのだろうか。
看板は「イワナ」の文字の部分が取って
付けられる様になっているので
何か他の魚を入れることも想定されてそうだw

 

後ろ手には広い空間がある。
ベンチが置いてあるので
休憩でもできる場所だったのだろう。

正面には狛犬が見える。

。。。。。。。

。。。。。

こ、狛犬!?

 

近くに寄ってみると、確かに神社に
あるような狛犬が置いてある。。。
正面には小屋があり中は何も
入っていない。地震計かと思われたが、
今ではそのような物は一切置いてなかった。


 

神社の佇まいを微か過ぎるほどに見せるこの場所はなんだったのか?

同じ場所の古い写真を見てみよう。


同じ場所の当時の写真を発見した。「山神社」と書いてある。山ノ神を祭る神社があったらしい。
現在は狛犬、照明用のランプ、それ以外のこる物は無い。

 

案内図があったので一応確認しておこう。
ちゃんと順路があるので守って
見て周ることにしたw

 

大きな空間の場所に、一台ライトエーストラック
が止まっていた。埃まみれであるが、
新しさを感じる。

キーがささっており、遊び心でひねってみると
「キュカカカカ、、、ブォゥン」と
つい最近動いていたかのようにかかってしまい、
慌ててオフにした。。。

帰りの2kmプラス斜坑の苦労を考えると
真面目に乗って帰りたい気分になったが
いくらなんでもそれはやりすぎだw

 

しばしの脱線だったので、順路を追い
探検をしてみよう。
全くの闇に包まれており、
反射板が張ってある箇所は
ライトの反射が見られるのみだった。

 

鉱脈のでき方は、
小さな断層の隙間に鉱石を含んだ
高温熱水が充填され結晶になる。
高い地圧の内部流れる温水は100℃を超えても
液体の状態を保つはずだ。

 

 

 

正面にはお手洗があるが、機能しては
ないでしょう。

しかしこういうトイレはどのような仕組み
なのだろうか?一定期間で汲み取り
するものなのか、一部下水管があり、
汚水タンクに溜めるものか、
それとも下水が敷設されて、ポンプで地上まで
送るのは考え難いかw

まさか、深い立坑を再利用し廃棄
している事は、罰当たりでも
あるし、ないでしょうw

 

撮影場所左には見学コース案内がある。
現在地は赤い四角の部分、ちょうど
トイレが見える。

次は現在地から斜め左側
「立坑掘削機械」のある場所へ
向かおう。

 

 

トイレを撮影した場所から
すぐ後ろ手に
「立坑掘削機械」の
コーナーが設けてある。

 

立坑を作るまでの工程が
描かれている。

 

立坑掘削を行なうためのゴンドラ。
これに乗り込み、炸薬を仕掛けたり、
発破後の浮石を除去していた。
延伸する為のガイドレールも
展示してある。

 

 

 

すぐ隣のコーナーには、
ハシゴを使い、小さな立坑を
作り上げる仕組みを
見る事ができた。

 

 


立坑昇降機があるが
ワイヤーとゴンドラは存在しない。

右の写真は運営時の写真。
なぜか現在はフェンスは取り払われていた。

 

当時の写真

 

今では取り外された写真が
閉園を惜しむかのように廃棄されず
立てかけられていた。

なぜだか、さみしい思いを感じた。

 


下を覗いてみよう。

近年結婚し、尚且つ子供の
誕生も近い
(現在無事出産されました。おめでとう)
隊長Baro氏に任せられない。
何かあれば、奥様に半殺しにされてしまう
のではないか?怪我でもさせちゃ
私との断絶、絶縁状さえ叩き
つけられてしまいそうだ。
レジャー保険や登山保険も
利かない自己責任の為、
扶養家族のいない私が撮影しなくてはw


右は当時の立坑写真。
深い。。。が、今まで見てきた立坑より
深さは少ない。-80mとの事だった。
どうも水没により、営業時よりも水位が
上がったようにも思える。
当時は金網越しに、見ることが出来たようだ。

 

「うん、深い」ただそれだけなのですが、
何故か立坑を覗くのが好きなんです。なんでしょうね?

「落ちたら確実に死亡する」
「地獄への入口を覗いている感覚」
「今いる場所はギリギリ生かされている雰囲気」

「多大な労力をかけて人が数百メートル掘った垂直」色々な面で偉大さ、
恐怖、この下はどうなっているのか?の好奇心が湧き上がる。
この雰囲気が好きなのかもしれない。足をかけている部分は
梁さえあるが、鉄板で中を浮いている状態。
鉄板の部分は錆で底が抜けるかもしれない状況だった。
HPを見て頂いている購読者様の為にも
現状を余す事無く伝えるため、「これ以上は
危険」の一歩手前で撮影を心がけています。この鉱山、0m坑から、上には270m、
下へは-360mになるが
この立坑は現在レベル-120mから、
上には270m、下には-80mとなる。
延長350mのエレベータと言うことになり、
東京タワーよりも長い昇降機だった。

 

 

 

 


名称はロッカーショベルと言う様だ。
最近までローダーと言うのが名称と思っていた。

右の写真を見ると、過去にはフェンスがあり、
人車も連結されていた様だ。

 

「スクレーパー」と言う
鉱石を掻き集めるウインチの様なもの。

「ホイスト」と呼ばれる巻上機とセットで使われる。

 


「鋼枠留付作業」
アンカーを打ち込み、崩落をしないように
金網を取付ける作業。
大規模な崩落を目の当たりにした事があるが
この程度では大規模崩落を
支えきる事は出来ない様だ。

 


立坑に溜めておいた鉱石溜め(貯鉱槽(鉱井))
から鉱車へ積込む場所。
俗に言うホッパーであり、
これは圧縮空気で開閉する。
油圧ダンパーの様に見える物がそう。

うまい具合に重なってしまった重い鉱石を
掻き出すのは結構な労力だっただろう。

 

坑内保安用に使われていたジープ。
特に意識していなかったのですが
隊の頃に見かけてたものより
短い気が。。。種類があるんでしょう
同行したオペレーターに
ジープ乗りがいまして、
興味津々で見ていました。
因みに今回同行していない
隊員もジープ乗り。
確かにこの手の車両
どこにでも入り込めるから
頼もしいです。

 

 

 

これは巨大なラジコンと言ってもいいのでしょう。

なんと遠隔操縦ができる。

 

 

 

坑内断面図があった。かなりの
レベルがある巨大な鉱山だ。
総延長は400kmとの事。

まだまだ見せたい写真があるのですが、膨大な量になってしまうのでこの辺で。
封印されたこの観光坑道がもう一度営業再開をする確立は少ないでしょう。
このまま地底-120mで永久に埋もれてしまうのだろうか?

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