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小串鉱山跡

 

 

 

 

到着時には凄まじい霧により見渡す限りが白い靄の中だった。

連れて行ってくれたのは、とある写真家の方でありD800の解像度を
見せられ感動した日でもあった。

 

   

 

 

 

 

   

 

   

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

  

 

 

  

 

 

  

  

 

 

 

 

 

 

 

 

 

   

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

  

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


1937(昭和12)年11月、鉱山を土砂崩れが襲い
245名が犠牲になった。救助隊が来たのは
翌日になってしまったという。
交通機関の乏しい当時と山奥がゆえに
あまりにも遅すぎた到着であった。
昭和34年に車道が開通したが
それまでは十キロ以上もの
長い獣だったと言う。
今でも微かながらではあるが土砂崩れの
痕跡をうかがうことができる。

偶然な事にこの日は慰霊祭がおこなわれていたようだ。

 

いろいろお話を伺うこともでき、
飲み物や食べ物もご馳走になってしまった。

こちらの方、私の友人をご存知でした。
その方は名前は出せませんが女性の方です。

お参りをさせてもらいこの地を後にしました。

御忙しいところ本当にありがとうございました。

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