御徒町駅 土砂噴出 陥没

 大都市地下に存在した 謎の大空間

探索日2007年04月20日


 

 この場所は過去陥没事故を起こした、「とある駅」と繋がりがあるのか?
 もう6年前に訪れた場所である。

 当時の事故映像


 しかしEasy過ぎる、首を傾げるほど簡単に辿り着ける。フェンス内までは誰でも行ける。
 これは左右に存在する飲食店の搬入口になっている為だった。

 今回は「謎の立坑がある」との書き込みを見て、
 早速各サイトや場所に関する情報を調べこの場所へきた。
 状態はフェンスに囲まれた場所であるが、左右の店の搬入口になっていることもあり
 容易にこの場所へ辿り着くことは可能である。
 搬入口からすぐ右手には更にフェンスに囲まれている竪坑が見てとれる。
 見え難いが納品口に入らずとも道路側からこの場所を見ることも可能である。
 しかしながら、開口部の処理も良いとはいえない、落下する人は居ないと思うが、
 落下防止ネットもしっかり掛かっていない。
 なぜか「立入禁止」「開口部注意」「所有者」等が記載されていない。
 この遺構は何であるのか?下水道の換気用か?それとも何らかの跡であろうか?
 ハシゴ等完備されておらず、ロープによるラペリングで突入した。

 (現在は、搬入口への立入りは従業員、清掃業者や許可された者以外は入る事はできません。)


  坑内撮影は本邦初公開になる(2013年10月時点)

 

 
 現場周辺の映像 
 (右手側が御○町駅方向、左側が秋○原駅方向)

 

 
 平成2年に発生した御○町駅ガード下土砂噴出事故
 当時の事故があった場所と何か繋がりがあるのだろうか?
 
 
 どうやらここが謎の立坑の入口らしい。 既に正面に見えている。

 

単管パイプで枠組みがされており、
過去に小型のクレーンを据え付けていた
と思われるフックも見受けられる。

ネットは乱雑になっており、
かなり前に捲られたようだ。

 

 

 

 

下は空間になっており、
何かの地下水路ではないかと思う。
しかしながら水が流れている様子は
無かった。

 

 

降りるにはハシゴも階段もなければ
ロープを使い降りるしかない。

立坑と聞いていたので、
「使うだろう」と持ってきた。

 

 

 

降下開始。

エッジ(角)の部分に擦れてロープの切断が
考えられるが、防ぐために重要なロープガードを
忘れてしまった。。。。。

登るためのアッセンダーは入っていたので
脱出は問題ないので安心した。。。。

 

 

ガスが溜まっているとも限らない、
慎重にゆっくりと降下しよう。

今のところは壁に足が接触しているが、
この後トンネルの空間になれば、
足は中に浮く事になる。

まずトンネル天井部まで
降下した後、体を横向きにして、
トンネル内の覗きこもう。
覗いた瞬間に、目の前にモンスターなんて
出てこられては堪らないが。

 

 

特にモンスターは存在しないので、
(ガスの問題は無し)
そのまま降下して足が坑道内に着地した。

坑道は奥に続いているようだ。。。。。
「しかしこんな大都会になんなんだろうか」
壁面には蛍光灯が取り付いている。

しかし、天井のダビデの星みたいな跡は
何なのだろう。。。。気味が悪い。

(下降器のエイト環、取り付け逆じゃね?と思われた方、
 確かに逆ですが、なるべく摩擦を増やし、
 下降速度を減らしたかったのですwww)

 

 

降りてきた立坑を見上げる。
地上までの高さは11m程だ。

 

 

反対側はこうなっている。
単管で組んだ階段の様な
ものが見える。

やはり、ダビデは天井に
刻まれている。。。。

 

 

ダビデは鉄筋が見え、何か
削られたような跡の様だ。

 

 

こちらはなにか防水の為に
シーリングされているように見える。

 

 

まずは進路を御○町の駅があるほうに歩いてみよう。

所々に開口部が残る。

 

 

 

開口部を見上げてみると、
塞がっている。。。。。

この上に数々の飲食店など
店舗が並んでいるが、店舗の
真下にこのような坑道や、
開口部があるなんてまったく
気が付かないだろう。

様々な人がこの上で食事や
ショッピングを楽しんでいると
思うが、わたくしみたいな変態が、この
クソ真っ暗な下から、
まさか見上げてるいるとも思わないだろう。

コンクリートから溶け出した石灰成分が見事な
純白の鍾乳石を作り出している。
通常ならば数百年の時が必要だろう。

 

 

何者かの足跡。既に硬化しており、
随分と前の物だろう。
ここで働いていた作業員の足跡だろうか?

私より以前に入坑した探索者だろうか?

 

 

壁には非常口の表示があるが、
どこにも非常口など存在しない。
開口部が天井にあることから、
ここの工事期間中は
足場を組んで階段でも設置
されていたのだろう。

そうすると、作業していた時期は、地上部に
店舗など並んでいなかったのだろう。

確かに、地上部に立ち並ぶ店舗の外観は
新しく、御徒町駅から上野駅区間までアメ横とは
雰囲気がまるで違う。

 

 

足元にはもう一つ綺麗な鍾乳石が。

段々状の鍾乳石。
フローストーンのようになっている。
白子のように柔らかそうに見えるが
立派な鍾乳石だった。

 

 

御徒町駅方面に歩いていくと、
またも開口部。
しかし、今までと違い、半分以下の
大きさであった。

 

 

この辺りはちょうど某駅の
秋葉原側寄りだろう。
駅と言う重量のある構造物を支える
為か、太い梁が数箇所確認できる。

それに、ダビデの星の数が多くなる。
何か理由があるのだろう。
(後にダビデの星の理由をお書きします)

 

 

しかし本当に残念だが、
坑道は行き止まりになる。

 

 

排水パイプを取り巻くように
鍾乳石が成長している。

 

 

行き止まりの部分。
工事に関しての表記が書いてあるが
素人の私にはわからない。
壁からは何かパイプが突き出ている。

 

 

この駅があるガード下で過去に起こった
土砂噴出陥没事故。その時は
圧縮空気やら、薬液注入やら
言われていた事を思い出すが、
このパイプから何かを送り出していたのだろうか?

そして、今いる行き止まりには様々な機械が
置かれていたのではないか?

その空想を思い周りを見てみると。

 

 

 

閉塞しているこの場所だけに
様々な機器に使われていただろう
電気ケーブルや照明用の
投光機がある。

 

 

この様な表記もあれば。

 

 

 

唯一この場所だけに、
ナトリウムランプが設置してある。

ここを重点に重要な作業をしていたようにも
思えてしまう。

 さすがに、素人の私にはまったく分からない。
 さて、坑道を戻り秋葉原方面に足を進めてみよう。

 

降下場所まで戻ってきた。

ロープがあることを確認し、
秋○原方面の進もうw

地上部には左右に店舗が並び、
その店舗からのゴミ集積場があり、
その為か?にゃんこさんの声がうるさいw
結構たくさん見かけたw

 

 

 

単管の足場は立坑らしきところへ
登っている。

 

 

 

 

 

上には行けそうだ。

しかし今は、秋葉原方面へ向かう事を
優先し、ここをスルーする。

 

大都会の下にも、巨大な鍾乳石は

成長する。それがコンクリートに含まれる

石灰のためだろうが、一日に数万人が行きかう

地上のとは真逆、一日に一人も通らない

たった11m下のこの地下坑道では、

大都市では絶対に

見る事の出来ないこんな光景が存在する。

 

大都市東京の地下にある鍾乳洞を

ご紹介しよう。

 

 

付近には折れた鍾乳石が転がっているが、
年輪の様な模様が残っている。
滴下する水の石灰含有率と平均滴下速度を
計算すれば、折れた鍾乳石の作られた年代も
分かるのだろう。そんなに時は経っていない
はずだが。

 

鍾乳石ではこれをケイブコーラル(洞窟珊瑚)と言う
らしい。石灰を含んだ水滴が落下した際に
飛び散った雫が結晶化されたもの。

生クリームの様に柔らかそうに見えるが
実際は硬い。

 

 

 

リムストーン(畦石)といわれる鍾乳石。
緩やかに流れる石灰を含んだ水により
作られ、段々状の畦畑に見える事から
名づけられた。

 

スタラグマイト(石筍)良く見かける鍾乳石でしょう。
自然界の物は、石灰の含有率により差が出るが、
この大きさで数百年、数千年の時を必要とする。

右上には、アンソダイト(石花)と言われる
石灰を含む水が蒸発した際に自ら成長した物で、
珊瑚や花の様なギザギザの形状を見せる。

 

 

先ほど御○町側閉塞部で
紹介した排水管を伝わる
鍾乳石。

これは、フローストーン(流石)と
言われ鍾乳石。
石灰を含む水が流れ作り出されたもの。

 

 

この坑道には様々な
鍾乳石を見る事が出来る。

東京鍾乳洞とも言えるのではw

 

 

 

 

 

 

 

 

御○町側から歩く事150m程で
秋○原側は行き止まりとなる。

大体の総延長は150m前後、

坑道幅は13m前後

深さは11m程

しかし何のための坑道なのか???

最後の説明を前に、

残した単管足場の階段を登ってみよう。

 

 

階段を登りきると扉がある。

 

 

 

扉は二つある。

 

出た先は建物と建物の間の様な
場所だった。しかし、防犯上の観点から
どこに出たのかはお伝えする事は
ご勘弁いただきます。

もう一度入坑し扉を施錠した。

 

 

入口は一つしかない。

誤って立坑を落ちてしまったのだろう。

坑内を彷徨い、この階段を何度も

登り降りしただろう。

扉の窓から差し込む光を求めて

辿り 着いた先はあまりにも

悲情な場所だった。

人間ならば、片手で開く扉も、

猫にはどうする事もできない状況だった。

日中は光の当たるこの明るい場所を自分の

最後の身を置く場所に選んだのだろう。

猫には「未練を持つな」と言われるが、

この子の今までの行動と過酷な餓えを

思うと、とても素通りできず、しばらくここに留まった。

私は手を合わせ深く頭を下げ、ここを後にした。

何か食べ物を持っていれば傍らに置いていく事も

できたが、今でも持っていなかった事が悔やまれる。

 

 

「もう少し早くここに来ていたら。。。。。」

「もしかしたら。。。」

この時は、坑道からすぐに出たい

気持ちにはなれず、単管足場の階段を振り返り、

もう一度、頭を下げた。アッセンダをロープにかけ、

スリングを自分の体に接続、フットスリングに足をかけて

一気に踏み込んだ。

「フワリ」と足は浮き上がり、この坑道の地面から離れた私は

地上に向かって登っていった。

 

 

情報提供者様より。(詳しい情報を頂きまして本当にありがとうございました。)

この坑道の直下には第一上野トンネルがある。
その工事のために使われ、完成後使い道の無いここは廃棄された。

都市部のトンネル工事では,線形上の制約が
大きい鉄道トンネルのようにビルや高架橋脚の直下を掘削する場合、
直下ではないが近接施工となり既設構造物の変状が
懸念される場合などにアンダーピニングと言う工法が必要になる。
東京方面出口に近い440mは、浅い深度の地下鉄同様に開削工法で工事が行われました。
直上に多数の在来線高架橋があることから、まずそれらの橋脚の基礎として地中杭を打ち、
(この杭があのダビデの星や丸い跡)
地面をPCコンクリートで固めて杭に高架橋の重量を負担させます。
これをアンダーピニング工法と言います。
しかるのちにその下の地面を掘削し、ボックス状のトンネルを構築しながら地中
杭を切り落としていきます。このように作られたため、本来の新幹線トンネルと
地面との間に謎の空間が残ることになりました。天井には、おそらく地中杭の切断面とお
ぼしき円形の痕跡が伺えます。以上のことは国会図書館で
上野トンネルに関する資料をお読みになれば把握可能です。

因みに、陥没事故との関連性はない場所です。
陥没事故はもう少し北のシールドトンネル区間で起こっており、当時未開通で多
くの人がその存在を知らなかった大江戸線の地下空間にとりあえず
詰めていた土砂にシールドが突っ込んだためでした。

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