石灰 鉱山 廃鉱 坑道 地下

巨大石灰鉱山坑道 その2

撮影日 2006年5月

こちらの前編「その1」からご覧ください。

巨大で大変規模の大きい石灰鉱山坑道。
踏破できたのはわずか。それでも総走行距離は数十キロに及び、
坑内に滞在した時間は総計70時間を越えていた。

 

 

三菱電機製のトロリーロコを越え歩くこと50m程。
そこには新たな鉱車が残っていた。

そこには大きなローダーが。
5t積用のグランビー鉱車に合わせて設計されたようで、
通常のローダーよりも巨大だった。

 

バケットが上がった状態で沈黙していた。
形状を見ると、左右に首振りできるようになっている。

バケットが鉱石をすくい、そのまま後ろに跳ね上がり、
付帯されているコンベアに落ち、そのコンベアに落ちた鉱石が
さらに後ろに連結されるグランビー鉱車に注がれる。

右手にはレールが山積みになっている。

 

レールがたくさん残っていると言うことは?

延伸計画でもあったのだろうか?

この真後ろは。。。。。

 

行き止まりになっていた。

写真にはレールがのこっており、鉱石を求めて延伸を計画していたのか?
輸送用として計画したのかはわからない。
ダイナマイトの装填穴も無いため、これ以上の予定は無かったとおもうが。

 

終点を確認したことだ。
ダムまでもどり、もう片方の坑道へ進んでみよう。

 

グズグズの坑道を戻るオペレーターたち。
現在はレールが見えないほど泥が堆積しているが。
複線で軌道は敷かれていた。

 

もう一つの坑道は泥ではなく、意外にも澄んだ水だった。
水深はおよそ膝上程度。
足元に注意し進んでいく。

 

どこまでこの水没地帯は続くのか?!

 

右手にはバッテリーロコ用の充電室がのこっている。
奥の台座には今だ蓄電池箱が残っている。

 

 

 

変電設備。
通電していれば私たちはとんでもないことになるが、
さすがに廃鉱な故、電気はきていない。

 

坑道は途中分岐をしている。このまま進行する正面と、
左手に曲がるルートがある。

正面には何かコンクリートの構造物が見える。

まずは正面のルートを進もう。

 

正面に見えた構造物はダムのようだ。

 

越えて先に進もう。

 

ダムを越えた先数十メートルでヒューム管が突き出た
同じようなダムに塞き止められていた。

 

週末探検隊のBaro隊長、ダムを上から覗いてみたが
土砂が詰まれており進むことができないらしい。。。。

 

ヒューム管を覗いてみるが、なんともおどろおどろしい。。。。
この先進んだ場合、急激な斜坑になっていた場合、
そのまま流される事も懸念される。
しかし、当時こういう場所を進む場合の道具や技術に
長けてはいなかったために、この先に進むことをあきらめた。
今ではロープをつけて進むことは可能な程度なのですが。

 

後に「Zima:ジマ」と言うコールサインを持つロシアの軽レベルの諜報員
だがなんだか詳しい詳細と来歴はわからないが、坑道や廃墟以外に、
良く米軍機をどアップ撮影していた、その人物がこの先を
見たことがあるようだ。

その写真がこれである。
この先は坑口にでるが、絶壁になっている。
元々はガーター橋が架かっており、この鉱区と川の反対にある鉱区が
繋がっていたと言う。軌道が見えるので、このヒューム管は
元々存在しなかったのだろう。

現在ジマと言う人物とは、1度しか一緒に探検をしなかったが、
「そのやり方は止めろ」と言うのに、坑口を破壊に破壊を繰り返し、
帰国命令が何とかと言って以降、韓国経由で本国へ帰還したうわさを聞く。

 

こちらは坑口付近上流側に落ちるガーター鉄橋。
鉄骨の捻じ曲がりかたから爆破撤去されたようだ。

(しかし、この鉄橋が使われていたのは本件とは別の場所である。
 位置は坑口より上流側であり、落下場所が違う。下流側にもう一つ
残骸があるが、その橋が使われていた。)

 

こちらヒューム管側の坑口。崖に口をあけている。
昔はここから対岸に向けて鉱車が行き来していたようだ。

 

 

ジマ 上記のヒューム管坑内側からの撮影。

 


当時の写真。
写真提供:青春コレクションつねぴょんの撮り鉄人生 様 Vol1より借用



対岸に見える坑口。

 

対岸の坑口。橋が架かっていた坑口以外にも
複数の2つの坑口が見受けられる。

 

 

こちらは変わり、対岸坑口から本件レポートの坑口を撮影。
(こちらの坑道のレポは後日公開いたします)

話が脱線してしまったので、本件の坑内へ戻ろう。

 

 

分岐まで戻ってきた。

もう片方へ進んでみよう。


しかし、残念ながら。。。。。

中規模の空間を残し行き止まりになっていた。

著者の落胆し立ち尽くす姿。。。。。

この廃鉱もまだいたるところに路線が残っているらしい。
一つ一つの路線には○○線、○○1号線など複数の名称が存在する。
機会があれば別な路線も見せて頂きたい。。。

 

 

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