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【週末探険隊合同探索】 Rimstone

 

この周辺には大切通洞坑(200m)他、上1坑道、上2坑道、上3坑道、離れた場所に、第4竪坑のある下6坑、下6北探鉱坑道、
下6西探鉱坑道と大館竪坑道がある。
現在までに実在すれば多くの坑道が存在する。但し、第4竪坑のある下6坑道は入口が
竪坑道というロープを使う難易度の高いコース、噂によると鉄板で塞がれていると言う。
階層で言うと、大切通洞坑(200m)を地上レベルとすると、下2坑道(-70m)から、下3坑道と続き、下13坑道(-300m)までを最下部とする。

系統図

略図

今回の坑道は大切坑。資料によるとこの坑道は第一竪坑と接続するとの事だ。

この鉱山は金・銀・銅・鉛・亜鉛および硫化鉄を対象に稼行し,その採掘鉱区は東西5〜6km、南北16kmにわ
たり12区24.5km2を占めている。年間22万tの粗鉱(品位0.3% Cu,1.6% Pb,4.7% Zn,18% S)を採掘・
選鉱して銅精鉱1,900t(25%Cu),鉛精鉱5,100t(52% Pb),亜鉛精鉱17,700t(51%Zn),硫化鉄精鉱57,500
t(47% S)を生産していた。

この鉱山から15kmにも及ぶ架空索道が過去に存在した。


状況開始
今回の場所は過去に硫化銅を産出していた場所。
入坑後15メートルの場所には
平型トロッコ(資材運搬用)が残置してあった。
ここまでは坑口周辺なので
コンクリートで補強されている。

 

入坑後30m
金属製の支保坑は元々存在はしていなかったようで、
後に設置された様だ。
写真右に見えるアーチ状のコンクリート製
構造物が元々の支保杭だったようだ。

 

入坑後100m
泥濘は激しくなるが、軌道を埋めるほどではない。
写真右側には過去のアーチ状支保坑が突き出ている。
その下には、上部に設置されていたであろうアーチが
後に付けられた金属製の支保坑の土台になっている。
現在地点の酸素濃度は問題なく、風の流れがある為、
何処かには数ヵ所の坑口があると推測できる。

 

坑内幅は支保杭が無くなった分広くなっている。
頑丈にも見えるけど、あまりにも幅と高さがあり、
亀裂も入る場所がある。
今後長くは持たない個所も見受けられた。
坑内最大幅3m弱、高さ2.5m弱

 

しばらく歩くと、左手に支道を発見した。
手抜きになってしまったが、見た目では閉塞している様に
思えたが、先を急ぐ事でスルーしていた。
後日再訪した際にはこの先を見てみたいと思う。


更に先に進む。現在地は坑口より200m程。
過去に設置されていたアーチ状の支保坑の
跡がきれいに残る。
堆積した木や土砂が残る事から、
支保坑と壁面の間には、木や岩石等で
保護されていたのがわかる。
当時は綺麗な半円形状の坑道
だったと思われる。

 

やがて錆きった三枠留支保坑になる。
そしてすぐ先はコンクリート保護された坑道になる。

 

コンクリートで保護された坑道は急激に
高さと幅が狭くなる。
この箇所は高さ180cm幅2m
その先は少々幅が広がる。
写真には平トロッコが見える。
車輪は錆びつき動く事はなかった。

 

 

分岐が現れた。
左手は崩落による行き止まり。

真っ直ぐに進むルートがある。

更に軌道を見ると右手へ消えるルートがあった。
今は補強用に増設された
支保杭によりその存在は分かりにくくなっている。


右手のルートはこの先にある物を
見る事で理由が分かった。

 

竪坑昇降機の跡があった。
写真を見ると4つで構成されている様に見えるが、
左から順に、

一番左手はこの竪坑から先へ行く為の通路。
(しかし、実は土砂が埋まっているだけで竪坑かも
しれない。。。。と言うパターンも考えられる)

左より二番目は昇降機が設置されていた竪坑。
(上からの落下物により塞がれているが下層レベルへ伸びる
ものか、上層レベルだけに伸びる竪坑かは不明)

左より三番目は同じく竪坑。
(これも下に積もった泥により塞がっているのか不明であり、
下層に行くのか、上層だけに行くのかは不明)

一番右手はモロに穴が開いたままの竪坑。
石を投げ入れると5秒〜6秒後着水、下層レベルは水没している。
しかし、どこからか下層が完全に水没しない様に
揚水しているか、坑道図にあった疎水坑道が生きている
と思われる。

坑道図を信じれば、この坑道これ以上は上の階層は
存在しないので、全て下への竪坑と思われる。

 

Baro氏がカメラだけを突き出し下層を撮影。
しかしながらこれ以上危険な体勢を続けるのも
見ていて怖い。本人は怖くないだろうが、
他人から見ると怖いと言う事が良く勉強になった。
下は光も届かず確認ができない。



右手で三脚を保持、左手はライト。柵は錆びて意味を
成していない。掴みどころが無い状態が怖いw今の状況を奥さんに見られたら、同行した
俺は後に張っ倒されているいるだろう。理解できるようになった頃、息子さんはこの光景をみてどう思うか?
今いる場所の立面図と共に詳細を説明した時のリアクションが堪らなく楽しみだ。

竪坑の裏手より。
左手には、この竪坑昇降機の
操作室か?
右手に見える竪坑の有様から、
配管、土砂、木材等を竪坑を塞ぐために
意図的に詰めたのではないか。

この土砂の下に深さ約150mの穴が
まだ残っているのだろう。
上を覗こうと安易に登りたくない。

 

今回共に入坑したBaro氏とオペレーターのfujisawa氏が
色めきだち写真を撮っている。

そんなに凄いものがあるのか!

そこには、巨大で幻想的な物が現れた。週末探検隊が定めている「週末遺産」にランクされる位らしい。
週末遺産=感動を覚え、写真を撮らざるおえない物。巨大であったり、非常に珍しい物であったりする。
自分としても、「遺構百景」にランクする物だった。
遺構百景=「週末遺産」と考えは同じw 今まで見てきたうち、感動を覚えた百ヵ所の景勝地。

リムストーンと言われる鍾乳洞では
観光地にもなる有名な物。

緩やかな洞床の傾斜面を少量の水が
穏やかに流れる場合、
次第にいくつもの水たまりを形成する
ことがある。山の斜面に
つくられた棚田のような見かけのもので、
小さいものは掌大から、
差し渡し十数mの大きさを
持つものまである。棚田の畦に
当たるところをリムストーン(畦石、輪縁石)、
リムストーンに
囲まれて生じた水たまりを
リムストーンプール(畦石池)という。
(ウィキペディアより抜粋)

これは驚いた。これ程巨大なリムストーンを
坑道でみた事はない。
幅5m、奥行きは10mにもなり、高低差は2mにもなる。
見事にリムストーンプールも形成されていた。

 

参考写真:鍾乳洞のリムストーン
通常、水量や水質にもよるとの事だが
1cm辺り数十年から数百年
数千年の時がかかるという(石筍の場合)

 

  

 

 

 

この巨大なリムストーンはどの位の歳月がかかったのか?
通常では数千年はかかる。
産出された鉱物から染みでた不純物を豊富に含む為、
ほんの数十年で出来上がった巨大な光景。
流れる鉱水が岩石や木材等で堰きとめられ
緩やかに流れる事で出来上がった。
流れる速度、不純物を含む割合、坑内の広さ等
あらゆる好条件だったのだろう。

 


この場所地上は現在も廃墟が残っており、但し鉱水処理をするための施設は稼働している。
この上部にも坑道が残っているらしく、その場所からの通気がある。
何処かには斜坑が残っているとの情報があるが、崩落しているか、現存しているかは不明である。

 

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