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金山坑道 

撮影日 2007年8月

当鉱山は,昭和6年(1931)に坂田勇氏が1号脈の貧弱な露頭を
発見し、土井彦太郎氏により試掘中であつたものを昭和9年(1934)
に某鉱山会社が買収し、○○鉱山の支山として探鉱した結果、
昭和12年(1937)に主脈の2号脈に着脈し本格的な開発を始め、
海抜145m準を通洞坑(140m坑)として海抜-60m(-60m坑)をまでの
レベルがある。,当鉱山は坑内水が多いため(総量で45m3/min),0m坑
以深の開発については排水ポンプの設置を余儀なくされ,かつ掘
進および採掘に伴う汚濁水のため,凝集沈殿処理施設を設け鉱害
の防止に万全を期した。
坑内水が多量な為、従来は疎水坑方式をとり自然排
水を行なっていたが、0m坑(坑口は海抜5m)以深は、ポンプ
排水を行なっていた。坑道展開については,鉱床の自然条件により通押は
行なわず、一般的には鉱脈下盤側岩盤中を掘進し,30m毎に立入坑道を
開さくし鉱況を把握する。鉱画設定後は同じく岩盤中に上部坑道と連
絡する切上り(採掘立坑)を掘さくした。鉱脈と下盤レベルとの距
離は脈幅にもよるが、概ね5〜10mである。
上部運搬(外出し)は3tBL下部運搬(中出し)は3tBLにより,いずれも
1t鉱車をけん引していた。大立坑は56kW複胴ケージー段巻であり、
通洞坑に巻上げられる。その後選鉱場に送られ,精鉱として○○製錬所に
索道により送鉱される。-60m坑は斜坑,-50m坑は新立坑を経て
-30m坑大立坑プラットに集約されていた。

坑内酸素量
坑内の特異な現象としては,湧水中に溶存している酸素の量が非常に不足していることである。
この現象は、下部30m坑の掘進中に作業員のカンテラの灯が消えたり、やや呼吸困難を
感ずることがあった。炭酸ガスの影響かと考え検定したが、二酸化炭素はほとんどないことが判明した。
その結果,溶存酸素の定量を行なった。これによると,奥の湧水の溶存酸素は
0.2〜0.6ml//1(飽和度3.0〜8.0%)とみることができる。また,床上に飛沫となって落下する水は、空気に接触して
急速に酸素を吸収して酸素量2.2〜42ml/l(飽和度30.0〜55.0%)になっている。
一般に雨水は大気中では空気すなわち酸素を飽和しているが、地中を下降中に種々の未酸化あるいは
亜酸化物を配化して、その溶存酸素を消費する。したがって,酸化作用を逞しくするのは、
地表から地下水面に至る間であって、,この水面以下では現在酸素の消費の進行中
の還元層が存在することであり、停滞水は溶存酸素が不足してくる。


当時の写真


訂正:×・60m坑口→ ○・80m坑口

 

 
訂正:×・60m坑口→ ○・80m坑口


この鉱山は140m坑、100m坑、80m坑、30m坑(水抜・ズリ捨用)、0m坑があり
今回は140m坑に入坑させて頂きました。(坑口調査・写真提供:穴菌隊隊長、十川氏)
隊長、ご提供ありがとうございました。写真提供代と粗品を差し上げます。


清越

坑口からは入れない為に、
冷たい坑内水に体を浸け泳いで
抜ける。

 

ウェーダーを着ていても
胸から水が入ってきてしまうので、
腰のベルトをきつく締めて
水路を通過した。
脱いだ服を着なおし奥へ進む。

 

途中にはローダーが二台停まっていた。

過去に単独潜入した際に、
写真ローダーの手前、右隅の窪み辺りに意味不明
の骨が入った黒いゴミ袋があったが、
なぜか無くなっていた。

 

単独潜入時には面倒な事に首を突っ込みたくないので公開しなかったが、
袋も骨も無くなっていたので、その模様を公開する。
 
トロッコの前方には窪みがあり、開かない扉がある。
その扉したには黒ゴミ袋があった。


既に袋からはみ出たもの(小動物により?)は散らかっていた。
袋を開けてみると。


数本の骨が出てきた。これは2007年よりも前に入坑したときに発見したものである。ただの動物の骨かもしれない。
が、何故誰も入れない坑内の奥に隠すように放置したのかは疑問でもある。

 

話を戻し、探検に戻ろう。複線の広い坑道は
単線になっていく。

 

やがて広いところに出たが、
なにやら遺構が見える。
変電設備だろうか?

 

ブレーカーなど電気機械が並ぶ。

 

電気設備のあった場所を抜けると
更に広い場所があった。

 

三車線ある場所だ。何か鉱車でも残って
いるだろうか?

 

この場所を後者が行き来していたのか?

 

 

 

しかし、走る位置が入坑した坑道側へ戻る感じだ。
この先は行き止まり。ここは
鉱車を停めて置く留置線ではないだろうか?

 

奥へ続くほうを進むと竪坑が現れた。
これが、この坑道の主要大竪坑だ。

今いる140m坑道から各レベルを結び、
下は-30m坑まで深さは170mになるのだろう。

 

竪坑を中心に左側は坑口側、右側に坑道、
正面にも行動が延びる。

 

斜坑は-30mにあるようだ。
坑内図と一致する。
図面では、0m坑道と-30m坑道を繋ぐもの、
-30m坑道と-60m坑道を繋ぐものが存在する。

 

撮影場所の後ろ、こちらは留置線がある。
正面に口をあける坑道は。

 

140m坑巻上室と書いてある。

 

大立坑のケーブルが残っていた。

 

 

 

大竪坑の右手側には手洗い場がある。

 

その奥には地底廃墟と呼んでいる建物がある。
休憩室と思われるが。

正面には赤い扉があり、軌道が続いている。

 

 

 

休憩室のようだが、コンクリートで壁面は作られ、
ロッカーは埋め込み式になっていた。

 

赤い扉の所まで来た。
扉を開けてみたが、ほんの1m辺りで
崩落をしており進むことができなかった。

 


中心部大竪坑周辺
赤い扉の先は崩落していなければ更なる迷宮が待ち受けるはずだった。


大竪坑までもどり、正面に進んでみる。

 

コンクリートで覆われている。
軌道は複線だが、この後単線になる。

 

景色が変わり、コンクリート製ではなく鉄骨と木材の
支保坑に変わる。

しかし。。。。。

またも崩落を味わう。

左手にも坑道が分かれるが、そちらも
崩落していた。

 


崩落の先はまたも迷宮の予定だった。。。。

水が勢い良く流れる配管の坑道へ進んでみる。

 

 

 

30m位進んだだろうか?ダムになっており
この先に進みには少々躊躇する。

 

いつどこに深い場所があるかわからず、
進んでみたいが、週末探検隊の隊長より
冷静な判断で進むことをあきらめた。

機会があれば、この奥へ進んでみたいと思う。

 

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