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偶然の産物

トンネルの中のトンネル

【週末探険隊合同探索】


撮影日 2008年9月

 

大変面白い坑道。この様な遺構(正確には遺構と呼ぶものではない)は

初めてであり、大変珍しいとおもった。「トンネルの中にもう一つ横穴が続いている」と言う。

偶然にもトンネルを掘削中に発見された鍾乳洞である。しかしながら、とある氏からの話では、
この地方や地質上、珍しい事ではないらしい。この近辺に最近作られた高速道路の
トンネル掘削でも3〜4箇所ほど鍾乳洞が発見されたと言うが埋められてしまったようだ。

似たような件では天崎鍾乳洞トンネルというものがある。
http://www.pref.kochi.lg.jp/soshiki/170107/kakotopi-amasaki.html

http://www.pref.kochi.lg.jp/soshiki/170107/kakotopi-amasaki-syounyuudousyasin.html

この場所に関しても、ご配慮頂いた鉄道会社の方、県の方、関係者様には
空間を残して頂いた事に大変感謝したいと思う。

こういう偶然にも発見された鍾乳洞、是非とも埋めないで欲しいと思う。
プロのケイビングチームにより、もしかすると巨大で超大、地質学的にも
日本が誇る最高峰の洞窟としてランキングされるかも知れない。

しかし注意点が何点もある。この様な自然に出来上がった鍾乳洞は
人間が入るための坑道とは全く違い、その危険度は群を抜く。
網目の様、それも似たような穴が至る所に存在し、安易に入ると遭難の危険性がある。
この場所ではないが、近い場所で「過去17歳の少年が30年経った現在で亡骸が発見された」という。
その方は所持品で特定された。当時の懐中電灯、LEDでもないただのフィラメントのだと思うが、
それを紛失、若しくは破損、電池切れ、予備の装備品を持たなかった為に
起こったと遭難事故。その少年を思うと、しばらく考え込み無口にさえなってしまった。
どんなに怖かっただろうか?目が暗闇に慣れようとも
自分の手の平さえ見ることが出来ない全くの暗闇、朝も夜も関係なく
時間が止まった感覚、腕時計があり動いている音がしても
二度と見ることが出来ない針の動き。
飢えなど考えられないほどの絶望感と恐怖感だったと思う。
何度も大声で叫び、何度も泣いただろう。

当然ながら自己責任だろうが、この様な入組んだ場所へ赴く方は必ず複数名、
予備のライトや、光量が少なくとも長時間点灯できるLEDライト、
出口の方角を指す目立つ色の目印(蛍光色や赤色等で矢印を書いた防水紙)を
数十枚、予備電池、ホイッスルは必ず持ったほうが良い。
一人で坑道に行く事もあり、人の事を言えたもんじゃないが、
匍匐前進が必要な上下左右と入組んだ鍾乳洞は絶対に一人で入坑する事はしないほうが良い。
人が入坑するために作られた穴ではない、必ずしもプロの同行が必要となる。
「初めて穴の恐怖を勉強し、再認識した。」
ライトを紛失した場合は二度と出られない迷宮、これが偉大な鍾乳洞と言うものだった。

この場所は亡き恩師より絶対の秘密を約束された場所である。
ここは今いる4人のみしか知らない約束の地であり、亡き恩師の意思を継ぎ二度と行く事の無い
私たちの聖地でもある。

もし偶然にも発見された探検者様も今後の洞内保全、列車運行の安全上、
場所や地名を表記する事だけは避けて頂けると幸いです。

この場所ではないが、心霊スポット探検で近道だといい、現用トンネルに入り
列車と接触、死亡事故があったと最近聞いた。
入ってはいけない場所であるが、100歩譲りせめて確実な終電時間を確認していれば
起こる事のない事故だったと思う。責めるつもりは立場上ないが、
十分、十分注意が必要。ブラックな面があるがブラックの中にも
ブラック同士ルールと言うものが存在する。
私にもブラックながらそのルールを作り遵守し、
その一つ、鍵は決して壊すな
(壊す事自体に大きな問題があるが、痕跡が残り、内部に人がいる状態で再施錠は出来ない。
危険な状態の場所に管理者が入らなければならず多大な迷惑と危険性を与え、破壊した損害もある。
私は鍵を「壊した」と白状した人物とは二度と付き合いを交わしていない)
等、他にも様々なルールは存在する。自身が死ぬのは当然の行いだが、
訪問先を家族や友人に言わない等、行き先からの痕跡を排除して「失踪」を守り
現地や現地付近で決して迷惑のかからない死にかたが出来るよう心がけてほしい。


鍾乳洞があるトンネル。

普通のトンネルではないか?

トンネルに鍾乳洞なんてあるのだろうか?

 

何箇所か似たような形の退避坑が存在したが、
一つだけこの様な奥行きある退避坑がある。

 


見た目は退避坑。

しかしながら。。。。。

 


 

 


かなり大きな空間がある。

 



撮影日から数年前までは水没していたと言う。
赤いラインの部分にスジがあるのが見えるが、ここまで水に
沈んでいた。何故水がなくなったのか?これには地震が関係あると言う。
この地方で大きな地震があったというが、それ以降水が抜けてしまった。
青いラインの方向に陥没が見受けられ、大量の水はここから抜けて
しまったと言われる。この下部には更に空間、おそらく鍾乳洞があるようで
地震による大きな亀裂が出来た事が原因らしい。

 

更に奥に進んでみよう。昔は川が流れていたのでは?と推測される。
そして上の写真の部分に溜まっていた。

 

右側の壁には辿り着いた探検者の様々な
記念 書き込みが見られる。
好ましい行為とは言えないが分からなくも無い。
主に1973年から1985年までの書込みが確認できる。
これ以上奥には書込みがない事から、
この先にあったと思われる滝で阻まれたのだろうか?

 

更に進むと上に進路を変える。
ここは滝が流れていたのでは?とされている。
傾斜があり湿度により湿った岩なので滑落には注意だった。

 

所々には過去の探索者が残したルートが存在し
テープスリングが残されている。

 

 

 

傾斜のゆるい場所で少し休憩。

 

滑落に巻き込まれないように、トップが上り終えるまで
待機する事になる。

 

最後には殆ど垂直に近い場所になり、
ルートを開拓した先駆者のテープが頼りになる。

 

上り終えた場所は小さな空間になり、
人一人がかろうじて通れる程度であった。

先に入坑したオペレーターへバケツリレーのように
機材を渡す。

 

行き止まりと思われた空間では更に先があるという。

 


正気の沙汰では無いな。と思う瞬間。
あまりに狭すぎる。。。。
プロのケイビングの映像でもこの様な
見た事がある。まさか坑道以外で自分がする事になるとは。

 

週末探検隊のオペレーターも後に続く。

 

更に空間に出た。
この下にも鍾乳洞が続くというが、
今回の目的は巨大空間を見る事であり、
鍾乳洞では素人の我々が行く事は
不可能だ。

 

何度も入っているクロカン氏さえ、
ルートが分からなくなるらしく、
様子を見に行く。

この後ちょっとしたトラブルがあった。
様子を見に行ったがこの場所に戻る
ルートを見失ったらしい。

手をたたいたり、声を出す事で、
こちら側の空間の存在を伝え
どうにか合流できた。

赤の矢印は入坑場所の穴を示す物である。
同じような穴が数箇所開いており
この矢印を置いて進まないと遭難の危険がある。

 

更に上の空間。
荷物を引き上げる週末のオペレーター。

 

何度クソ狭い場所を通ってきた事か。。。。

 

ここから更に上に行くという。

 

どこまで登る事やら。。。。

 

中腰で進む場所ならば
まだ良い方だった。
閉所恐怖症の場合は危険なのでは
ないだろうか?

 

またも狭い穴を抜ける。
周辺にも数々の似た奥行きのある
穴が存在する。

 

泥だらけの状態だw

 

そして辿り着いた大空間。

 

地殻変動なのか?一番奥は下から迫り出したかの様に、
垂直の壁になっている。
人工物なのではないか?と錯覚させられる。

 

人物の大きさを見て頂けると、
この空間の大きさと形が分かると思います。

 

 

 

皆様もお気づきでしょうが、何故鍾乳洞なのに
黒い岩盤なんだ?と思われたでしょう。
通常は石灰質なので純白の筈なのに?

実は入坑したトンネルは蒸気機関車(SL)が
走っていた事により排出される煤により
黒くなっている。水の流れが豊富な場所は
綺麗に磨かれている。
当然ながら、空気の吸い込みがあるので
色々な場所へ繋がっていると言われており、
周辺に見つかった鍾乳洞や鉱山跡とも
繋がっているといわれている。
現在でもすべて把握されていないらしい。

 

大空間で記念撮影

まだまだルートが残る空間であるが、
時間の関係、危険度から
これ以上進む事を断念。

地上へ戻ろう。

 

この写真を見ると懐かしさを思い出すが、それ以上に悲しみを思い出す。

この地方に来ると必ず顔を出してくれた私たちの恩師と言えるクロカンさん。

まだまだこれからと言うときに亡くなってしまった。

私の所には様々な場所で一緒に撮影した写真が手元に残るが、

手放す事は無い一生の持ち物になる。

まだまだ導いて頂きたい事もあるが、ゆっくり休み

私たちを見守ってくれている。私たちは今までを決して忘れない。

 

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